徒然草を読む94

第百十四段

 今出川太政大臣*1が嵯峨へ赴かれた際、有栖川の辺りの水が流れている所で、賽王丸*2が、牛をせき立てて進ませたところ、その牛のはね返した水が、牛車の前板までささっと掛かったので、車の後方にいた従者の為則が、「とんでもない牛飼いだな。このような所で牛をせき立てるとは」と言った。すると大臣は機嫌が悪くなり、「お前は、牛車の御し方を、賽王丸以上に心得てはおるまい。とんでもない男だ」と、為則の頭を車に打ち当てられたのだった。この高名な賽王丸とは、太秦殿*3に仕えた男で、後嵯峨院の御用を勤めた牛飼いであった。
 この太秦殿に付き従っていた女房たちの名は、牛にちなんで、一人はひざさち、一人はことづち、一人はほうばら、一人はおとうしと、名付けられたという。

*1:西園寺公相(きんすけ)

*2:さいおうまる:西園寺家の公経・実氏・公相の三代に渡って仕えた牛飼い

*3:うずまさどの:内大臣・藤原信清の子孫の邸