カニクリームコロッケの思い出

カニクリームコロッケが好きだ。これは間違いのないことなのだが、初めて食べたカニクリームコロッケの衝撃が大き過ぎたせいか、それ以来、他の場所でカニクリームコロッケを食べられずにいる。

私が初めてカニクリームコロッケを食べたのは、中学二年になる前の春休みに一人で訪れた横浜の伯父の家だった。その頃に読んだ本の影響で、横浜~鎌倉に漠然とした憧れがあった。それを知ってか、母親が自分の兄に話をつけてくれたらしい。人生初めての一人旅だった。

伯父の家には2泊ほどさせてもらったように記憶している。伯父には息子、すなわち私のいとこが3人いた。最初の晩、伯母が大皿に積み上げたホカホカの俵型のコロッケを食卓に出してくれた。それが人生初のカニクリームコロッケだった。それまでコロッケはじゃがいも(これも好きだが)のものしか知らなかった私は、そのおいしさにびっくりした。が、まだ子供だった私は、その感動を顔に表すことも、ましてや言葉にして伝えることはできなかった。

家に戻ってから一度、母親にカニクリームコロッケを作ってほしいとを伝えたが、あんな大変なものと採用されなかった覚えがある。自分で料理をするような年頃になってから一度だけ作ろうとしたことがあったが、タネがうまくまとまらず失敗してしまった。それからカニクリームコロッケには手を出していない。そうしてますます伯母のカニクリームコロッケは私の中で特別なものになっていった。

伯母といとこたちに再会したのはそれから35年が経過した頃、伯父のお葬式でだった。お葬式の後、その日のうちに横浜を発つ必要がある私や姉が帰り支度をしていると、一番年齢の近いいとこが人懐っこそうに話しかけてきた。いとこは私が泊まりにきたことを覚えていて、自然と当時の話になった。あのとき伯母さんが作ってくれたカニクリームコロッケがおいしくて今でも覚えている、という話をすると、いとこは一瞬首を傾げてからこう言った。そうか…でもあれは、どこかで買ってきたものを家で揚げたものだと思う。そういってから、といっても、ちょっといいお店のものだと思うけどね、と付け加えた。

長年温めてきた思い出の種明かしは思っていたのとはちょっと違ったけれど、それでもあのカニクリームコロッケが今も私の中で一番であることに変わりはない。

欲を言えば、伯母さんが元気なうちにこっそりそのお店がどこなのかを聞いてみたい。