徒然草を読む95

花

第百十五段

 宿河原*1という所に、梵論梵論*2がたくさん集まって、九品*3の念仏を唱えていたところ、見知らぬ梵論がやって来て、「ひょっとしてこの中に、いろおし房という名の梵論はおいでになりますか」と尋ねた。中から、「いろおしはここにおります。そうおっしゃるあなたは誰ですか」と答えたところ、「しら梵字と申す者です。私の師である某と申す人が、東国にていろおしという名の梵論に殺されたと伺いましたので、その人にお会いして恨みを晴らしたいと思い、行方を尋ねてまいったのです」と言った。いろおしは、「見事にも探し当てられましたな。そういう事でございましたか。ここにて対面しましたならば、道場を汚す事になるでしょうから、前の河原へ参りましょう。手下の者たち、決して助勢してはなりません。多くの人々の迷惑になるのならば、仏事の妨げに当たるでしょう」と言い置くと、しら梵字と河原へ出て行った。二人は思う存分に刺し違えて、共に死んでしまった。
 梵論梵論というものは、昔はなかったそうだ。近世に、梵論師*4梵字*5・漢字などと言われた者が、その始まりであるとか。世を捨てた風を装っているが自己への執着が深く、仏道を願っている風でありながら喧嘩や闘争を専門にする。放逸・無慙な様子であるが、死を軽んじて、少しもこだわらない生き方がいさぎよく思えて、人から聞いたままに書き付けてみた。

*1:しゅくがわら:現神奈川県川崎市宿河原

*2:ぼろぼろ:非僧非俗の物乞いの一種で、徒党を組んで山野を放浪した人々

*3:くほん:浄土往生の際の九つの階級

*4:ぼろんじ:インドの婆羅門(ばらもん)出身の師か

*5:婆羅門の意である梵士か