祖母とハマチ

 子供の頃、お盆前後の夏休みは両親の生まれ故郷である北陸の町で過ごすのが我が家の習慣だった。前半は父の実家、後半は母の実家に泊めてもらっていた。これは私が小学校を卒業するまで続いた。



 小学一、二年の夏だったと思う。父の実家で迎えたある日の夕方、祖母が夕飯の買い物に行くと知った母は姉と私に「一緒に行っておいで」と言った。姉はすばやく何かの理由をつけて、「行かない」と言った。
 祖母は、積極的に話し掛けてくるような性質ではないため、人懐こさなどどこにも見当たらない私とはいつも会話が続かなかった。私も行きたくはなかったが、母と私たちのやり取りを聞いていた祖母が私の方をじっと見て、「行くか?」と言うので、思わず「うん」とうなずいた。
 近所のスーパーまでは歩いて十分ほどの距離だ。祖母と二人きりになっても何を話したらいいかわからず、私は黙っていた。緊張していたのだと思う。祖母も黙々と歩いていた。
 スーパーで祖母は幾種かの材料を買った。その中に刺身の盛り合わせがあった。刺身とはマグロの赤身のことだ思っていた私には、見たことのない魚もあった。帰り道も、祖母と私は黙って歩いた。早くこの時間が終わればいいのにと私は思っていた。
 夕飯時、食卓に出された刺身の盛り合わせに私も箸を伸ばした。見たこともない魚を口に入れる。それがとびきりおいしかった。つい、「この魚、おいしい」と言うと、父が「それはハマチと言うんだ」と教えてくれた。祖母は真顔のままで私の方を見ると、「そうか、おいしいか」と言った。
 次の日の夕方、祖母はいつの間にか一人でスーパーに行ったようだった。というのも晩の食卓にまた、刺身が並んだからだ。何皿もある刺身はすべてハマチだった。
 祖母はハマチのパックばかり四つも五つも買っていた。父が「こんなに誰が食べるんだ」と笑って言うと、祖母は食卓の一点を見つめたまま、何も答えなかった。
 私は昨日自分が祖母に対して思ったことを恥じ、もう誰もハマチが多過ぎることについて触れないでほしいと願い、胸がいっぱいになった。もくもくとハマチを口に運んだが、舌が味を感じようとしてくれない。昨晩のようなおいしさはどこにもなく、脂っぽさが苦痛なほどだった。結局、皆でも全部は食べ切れなかったと記憶している。