徒然草を読む113

第百三十九段

 家にあるといい木は、松・桜。松は五葉もいい。桜の花は一重であるのがいい。八重桜は、奈良の都だけにあったのが、この頃では世間に多くなっているそうだ。吉野山の桜も左近の桜*1も皆、一重であって八重ではない。八重桜は普通と違ったものである。ひどく大げさで、ひねくれている。家に植えなくともいいであろう。遅咲きの桜もまた、興ざめである。毛虫が付くのも不愉快だ。梅は、白梅・薄紅梅がいい。一重の白梅が早くに咲くのも、花弁の重なった紅梅の匂いが見事なのも、どちらも風情がある。遅咲きの梅は、桜と一緒に咲くため、人々の覚えも劣る。桜に気圧されて、しぼんで枝にくっ付いているのは、情けないものだ。「一重の梅が、最初に咲いて、散るというのは、気が早くて心が引かれる」と、京極入道中納言*2は、更に一重の梅を、軒近くに植えられたという。京極の邸の南向きに、今でも二本あるらしい。柳もまた風情がある。卯月の頃の楓の若葉は、すべての花・紅葉にも勝って見事なものである。橘・桂はどちらも、木は古びていて大きいものがいい。
 春から夏の草は、山吹・藤・杜若・撫子がいい。池には蓮を植えたい。秋の草は、荻・薄・桔梗・萩・女郎花・藤袴・紫苑・吾木香・刈萱・竜胆・白菊がいい。黄菊もいいだろう。また、蔦・葛・朝顔は、いずれもあまり高くなく、控え目で、垣に茂っていない方がいい。この他の、世間に稀な、異国風な名が耳障りで、花も見慣れないものなど*3は、少しも親しみが感じられない。
 そもそも、珍しく、めったにないような物は何でも、よからぬ人がもてはやす物である。そのようなものは、持たない方がいいだろう。

*1:紫宸殿の中央の階の左にある山桜(右には右近の橘)で、左近衛府が育てた

*2:藤原定家

*3:牡丹・芭蕉・薔薇・蘭など