遠野

雨上がり

小学校三年の夏休み、家族旅行で岩手県遠野市へ訪れた。遠野は柳田国男の「遠野物語 (新潮文庫)」で知られているように、数多くの民間伝承が残る里である。
この旅行は父が決めたものだったと思う。旅行の前に父が「遠野物語」を貸してくれた。少々難しかったが、面白く読んだ。どの話にも、たくさんの人間によって長い間伝えられてきた話だけが持つ独特の存在感があった。一人の人間によって半年や一年で作り上げられた話は持ち得ない存在感だ。特に、オシラサマ(カイコの神様)の話は印象的だった。今でも思い返すと、物悲しい気分になる。

遠野では駅裏の古い民宿に泊まり、伝承に登場する土地をまわった。資料館のようなところもよかったが、それよりも特に人の手の入れられていない「デンデラ野」のような場所がよかった。
小高い丘にあるデンデラ野、草が一面に生え、ただ風が吹いていた。どこか寂しいその場所に立った時、私はここが昔、姥捨ての場所だったと本で読んだことを思い出した。姥捨ては確かに本当のことだったのだ、と実感させるものがその場所にはあった。そして急に怖くなった。

それからも夏休みには家族でどこかへ行ったはずだが、この遠野の旅行は今でもよく覚えている。