徒然草を読む162

第二百六段

 徳大寺の故大臣殿*1が、検非違使庁の長官であった時、徳大寺邸の中門の廊にて使庁の評議が行われた際、官人の中原章兼*2の牛車から牛が放れ、廊の内へ入り、長官の座所である白木の床の上に登って、反芻をして横になるという事があった。非常に怪しい事であるので、牛を陰陽師のもとへ連れて行くべきだと、居合わせた人々は口々に言ったが、これを耳にされた父の太政大臣*3が、「牛に分別はない。足がある以上、どこかへは登るであろう。微禄の官人が、たまに出仕するための貧弱な牛を取り上げられる理由はない」とおっしゃった。牛は主人に返され、牛が横になった畳が換えられただけだった。特に不吉な事はなかったという。
 「怪しいものを見てもそれを怪しまなければ、その怪しいものは成り立たなくなる*4」と言われている通りである。

*1:藤原公孝(きんたか)

*2:なかはらのあきかね

*3:実基

*4:「怪を見て怪しまざれば、その怪、自ら壊る」夷堅志より