徒然草を読む105

花

百三十段

 他人と争わず、己を曲げても人の考えに従い、我が身を後回しにし、人を先にするのに越した事はない。
 すべての遊びにおいても、勝ち負けを好む人とは、己が勝って喜びたいがためである。己の腕前が勝っている事を喜びたいのだ。という事は、負けて面白くなく思う理由も、またよく分かるというものだ。とはいえ、自身が負けて相手を喜ばそうと思ったところで、そこに楽しみはないであろう。相手に嫌な思いをさせて自身の心を楽しめる事は、人の道に背いている。親しい仲で冗談を言うのも、相手を欺いて、己の智が勝っているという事を楽しむためである。これもまた、礼儀に合わない。そうであるから、酒宴の冗談から始まった事でも、最後には長い恨みが残るという事が多いのだ。これはみな、争いを好む故の失敗である。
 人に勝ろうと思うのならば、学問に専念して、自身の智を人より増そうと思うべきである。物事の道理を学べば、己の善を誇らず、仲間と争ってはならないという事を知るであろう。大きな職も利をも捨てさせる事ができるのは、ただ学問の力だけである。