徒然草を読む90

リス

第百九段

 木登りの名人として有名な男が、高い木に登るよう人に命じて、梢を切らせていた。ひどく危なく見える高さにいる時は何も言わなかったが、降りる際、軒の高さ位になった時、「怪我をしないように。気をつけて降りなさい」と声を掛けた。よって木に登っていた人が「この位の高さになったならば、飛び降りてでも降りる事ができるであろう。どうしてそのような事を言うのか」と尋ねたところ、「その事なのです。目がくらみ、枝が細くて危ないような高さでは、自分が恐いと感じるものですから言わなかったのです。怪我というのは、安全な所になってこそ、起きるものなのです」と言った。
 身分の低い男の言った事であるが、聖人の戒めと符合している。蹴鞠でも、鞠を地面に落としそうな難局を何とか乗り切った後、もう安心だと思った時にこそ、地面へ落としてしまうというのが、この道の戒めとしてあるそうだ。