平家物語を読む103

Blue Jay

巻第七 篠原合戦

 義仲はそこで、諸社へ領地を贈った。白山には横江・宮丸*1、菅生石部神社*2には能美の庄*3、多太八幡神社*4には蝶屋の庄*5気比神宮*6には飯原の庄*7を、平泉寺には藤島*8の七つの郷を寄付した。
 先年の石橋の合戦の時、兵衛佐・源頼朝を射た者も、都へ逃れて平家の側についていた。主だった者は、俣野五郎景久*9・長井斎藤別当実盛・伊藤九郎助氏*10・浮巣三郎重親*11・真下四郎重直、これらは次の戦までしばらく休もうと、毎日のように誰かのもとに集まっては酒宴を開いていた。まず実盛のもとに集まった時、実盛が「つくづくとこの世の中の様子を見ると、源氏の方が強く、平家の方が劣っているように思われる。さあ皆よ、木曾殿のところへ行こう」と言うと、皆、「そうだなあ」とこれに同意した。次の日、今度は重親のもとに集まった時、実盛が「さて、昨日私が言った事をどう考えているか、皆よ」と聞くと、景久が自ら進んで話し始めた。「我々は何といっても、東国では人々によく知られた評判の者たちである。形勢のよい方に身を寄せて、あっちへ行ったりこっちへ行ったりするのも見苦しい事であろう。他の人は知らないが、この景久は、平家の方にて討ち死にしよう」これを聞いた実盛が声高らかに笑って「本当の事を言えば、皆の心を試してみようとして言ったのだ。この実盛は、今度の戦で討ち死にしようと覚悟を決めているのだよ。再び、都へ戻ってくる事はないと、人々にも話してある。大臣殿にもそう伝えているのだよ」と言うと、皆がこの実盛の意見に同意した。よって、その約束を破るまいとしてか、その場に居合わせた者は一人残らず、北国にて討ち死にしたというから、痛ましい事である。
 さて、平家は人と馬とを休息させるのに、加賀国篠原に陣を構えていた。五月二十一日の午前八時半、義仲が篠原に押し寄せて合戦開始の喚声をどっと上げた。平家方では、治承から今まで大番役*12を勤めていた畠山庄司重能*13・小山田別当有重*14に「お前たちは戦の経験豊富な老練の武士である。戦い方を指図せよ」と命じて、北国へ向わせていた。この兄弟が三百騎で陣の正面に進んだ。源氏の方からは今井四郎兼平が、三百騎で応じた。双方は、始めは互いに五騎づつ、十騎づつと前に出して勝負させ、後には乱れあって戦った。五月二十一日の昼十二時頃、太陽が激しく照りつけている。敵を倒そうと戦えば、全身から汗が吹き出て、まるで水が流れているかのようである。今井側でも、多くの兵士が討たれた。畠山は、ほとんどの家来が討たれ、どうしようもなくなり退散した。
 次に、平家の方から高橋判官・長綱が五百騎で進み出た。義仲の方からは、樋口次郎兼光・落合五郎兼行が三百騎で向った。しばらくの間、平家側は攻撃に抵抗して戦ったが、長綱の軍勢は諸国から臨時にかき集めた兵士であったので、誰もが戦いを避けて加勢せず、われ先にと逃げてしまった。長綱の心だけは勇ましかったが、後ろに続く軍勢がないので、仕方なく退散した。そこへ、源氏側の越中国の住人・入善小太郎行重が立派な敵では、と目を付けた。馬にむちを当てると同時にあぶみで馬の腹をけって長綱の馬に駆け寄り、むんずと組んだ。長綱は行重をつかんで鞍の前輪に押し付けると「あなたは何者か、名乗れ」と言った。「越中国の住人、入善小太郎行重、十八歳である」と名乗ると、長綱は「なんと困った、去年先立ったこの長綱の子も、生きていれば今年で十八歳である。あなたの首をねじ切って捨てるべきだが、助けよう」と言って行重を馬から下ろした。自身も馬から下りると、味方の軍勢を待とうとしばらく休んでいた。行重が、自分を助けるとは何と立派な敵だろう、どうにかして討ち取りたいと思っていると、長綱は気を許して話しを始めた。そこで、行重は見事な早業で刀を抜き飛びかかると、長綱のかぶとの内側を二回、刺した。そうしているうちに、行重の従者が三騎、遅れて駆けつけてきた。長綱の心は勇ましかったが、運が尽きたのだろう、敵は大勢いるし傷も負った、ついにそこで討たれたのであった。
 また、平家の方から武蔵三郎左衛門有国が三百騎ほどで叫びながら突進した。源氏の方からは、仁科・高梨・山田次郎が五百騎で応じた。しばらくの間、攻撃に抵抗して戦っていたが、有国の軍勢の方が多く討たれた。有国自身は、度を越して敵の中に入り込み戦っていたが、携帯していた矢をすべて使い尽くし、馬までも射られ、ついに徒歩になった。刀を抜いて戦い続け、敵を多く倒したが、矢を七本も八本も射られ、立ったまま死んだ。大将がこのような事になったので、その軍勢は皆、退散してしまった。

*1:現石川県松任市内の地名

*2:現石川県加賀市大聖寺にある

*3:のみ:現石川県小松市能美町

*4:現石川県小松市にある

*5:現石川県石川郡美川町の旧地名

*6:福井県敦賀市曙町にあり、日本武尊など七神を祀る

*7:はんばら:現福井県敦賀市葉原

*8:福井市藤島町

*9:かげひさ:坂東八平氏の一つ

*10:すけうじ:藤原南家

*11:しげちか

*12:宮廷の警護

*13:しげよし:坂東八平氏の一つ

*14:ありしげ:重能の弟