八甲田山とシラネアオイ

八甲田山シラネアオイを見に行こうと決めたのは、今年の5月も中旬に入ってからことだった。シラネアオイが見られるのは初夏のごく短い期間だ。その時期は仕事が忙しく、気付けば本当の夏が始まってしまっているというのが毎年のことだった。が、今年は5月末~6月頭にポコッと仕事の途切れ目が現れた。早速、6月最初の週末に金曜の休みをくっつけて二泊三日で青森へ飛んだ。

梅雨前線と早い台風との影響で金曜は朝から雨、飛行機が飛ぶかどうかもあやしい状況だったが、午前中の便だったことが幸いしてか、雨が強くなる前に30分ほどの遅れで飛行機は離陸した。機内の窓から灰色の空を見ながら、飛行機さえ飛んでくれればあとは上手くいくだろうと思った。

翌日土曜、小雨の中、青森駅前からバスで八甲田山のロープウェイ山麓駅へ向かう。今回はロープウェイで山頂公園駅まで上がってから、毛無パラダイスラインに沿って酸ヶ湯温泉に下る予定だ。上り口と下り口とが違うためレンタカーの使用はやめた。

ロープウェイ乗り場で片道のチケットを求めると、登山道は残雪が多いのでお勧めできないと忠告された。楽しみにしていた毛無岱に行けないなんて、と一瞬迷ったが、無理をして怪我でもしたら元も子もない。往復のチケットを購入し、上りのロープウェイに乗り込んだ。始め、ロープウェイからは霧が重く立ち込めているのが見えただけだった。しかし、上へ行けば行くほどその霧は濃くなり、頂上公園駅に着く頃には辺り一帯が真っ白になった。

外は風と雨と霧、足元はほぼ残雪、軽アイゼンでもあればもう少し歩き易かったのになあと下調べ不足を反省した。時折すれ違う登山者は口々に「こんなに雪があるとは(思っていなかった)」と言っていたから、今年は特に残雪が多いのかもしれない。

頂上公園駅付近への滞在は30分そこそこにして、ますます強くなる雨の中、下りのロープウェイへ。時刻はまだ昼前、次のバスは16時台、さてどうするかと思いながら窓の外を見ていると、雨に濡れた緑ばかりが続く中、そこだけ別世界のように明るい紫色が点在するエリアが出現した。シラネアオイの群落だ!あそこに行かなければ。

ロープウェイが山麓駅に戻る頃には、雨脚はさらに激しくなっていた。予想天気図を見ると1時間ほど待てば雨の切れ間が現れそうである。それを待つことにした。

…さて、1時間経ったが雨はそれほど収まらない。待ちきれないので雨具を装備してシラネアオイの群落を目指すことにした。

ロープウェイ沿いには登山道が整備されているが、長雨と土質とが相まってか非常に滑りやすい。汚れることを覚悟して両手も使いながら上がる。かなり息が上がった頃、あの明るい紫色が視界に入ってきた。

見事なシラネアオイの群落だった。下りのロープウェイに乗っていなければ、雨でなければ、気付かなかったかもしれないと思うと、なんて自分はついているんだと嬉しくなった。それにしても美しい色合いだ。シラネアオイは日本の固有種らしいが、こんな山の斜面に人知れず咲いているのも健気な感じがしていい。などと思っていると、シラネアオイの群落の中に、憧れのサンカヨウの花を見つけた。雨でなければサンカヨウだと気づかなかったかもしれない。長雨に濡れて花弁が透き通っていた。泥だらけになりながらここまで上がった甲斐はあり過ぎるほどあった。

シラネアオイ

サンカヨウ

山麓駅に戻った時点で時刻は13時過ぎだったと思う。地図によれば酸ヶ湯温泉までは6Km弱、2時間も歩けば着くだろうということで、酸ヶ湯温泉を目指して歩くことにした。雨の中を動き回ったことですっかり身体も冷えたことだし、温泉に入って温まってから予定していたバスに乗ろう。

しかし、30分も歩かないうちに親切な登山者の方から声をかけていただき、ありがたいことに酸ヶ湯温泉まで車に乗せてもらった。お仕事をリタイヤされたので、北東北の山を巡っているとのことだった。ところで、雨の中、普段から歩行者がいないような車道脇を派手なザックカバーを付けて歩く姿はかなり目立ったらしい。これは、酸ヶ湯温泉の湯上り後の椅子で、どちらからともなく喋りかけた方に言われた。車で移動中に私を見かけたそう。弘前在住の方で、同級生と思われる数人が県外から遊びに来ているとのことだった。まるで私もその仲間の一人のように、撮ったシラネアオイサンカヨウの写真を見せたり、白神山地のお勧めルートを教えてもらったりした。楽しいひと時だった。一人旅はこんな出会いがあるから面白い。

最終日の日曜、ようやく青森の空は晴れた。空港へ向かうバスの中で、八甲田山の全容を初めて見ることができた。

八甲田山