第百七十三段
小野小町についての事実は、極めてはっきりしていない。老いさらばえてからの様子は、「玉造小町子壮衰書*1」という文書に見られる。この文書は三善清行*2が書いたという説もあるが、高野山の弘法大師*3の御作の目録に入っている。大師は承和*4の初めに亡くなられた。だが、小野小町が最も美しかったのは、その後の事である。やはりはっきりしない。
小野小町についての事実は、極めてはっきりしていない。老いさらばえてからの様子は、「玉造小町子壮衰書*1」という文書に見られる。この文書は三善清行*2が書いたという説もあるが、高野山の弘法大師*3の御作の目録に入っている。大師は承和*4の初めに亡くなられた。だが、小野小町が最も美しかったのは、その後の事である。やはりはっきりしない。