徒然草を読む138

第百七十段

 たいした用事がなくて人の元へ行くというのは、よくない事である。用があって行ったとしても、その用事が済んだなら、すぐに帰るように。長居しているのは、実に鬱陶しい。
 人の相手をすれば、多くの言葉を話し、身もくたびれ、心も穏やかではいられない。またいろいろな事が妨げられたまま時を過ごすというのは、互いにとって何の益もない事だ。だからといって、わずらわしそうに話しをするのもよくない。気が乗らないような時は、かえってその理由を言ってしまうのがいい。同じ心で向き合いたいと思うような人が、暇な様子で、「今しばらくおいでください。今日は落ち着いて話しましょう」などと言った時は、この限りではない。阮籍*1の青眼のような事*2は、誰にでもあるはずだ。
 これといった用事もないのに、人がやって来て、ゆったりと語り合って帰っていくというのはいい。また手紙も、「長い間、お便りを差し上げておりませんので」などと書いてあるようなものは、実に嬉しいものだ。

*1:げんせき:三国時代・晋の思想家で、竹林の七賢人の一人

*2:阮籍青眼」に、阮籍は嫌な人は白眼で迎え、好ましい人は青眼で迎えたという故事がある