第百四十四段
栂尾*1の明恵上人*2が道を通り過ぎようとした時、川で馬を洗っていた男が、「足、足」と言って馬を後ろに引こうとしていた。これを聞いた上人が立ち止まって、「何と尊い事でしょう。前世での善行が今の世において善果を結んだ人でしょうか。『阿字阿字*3』と唱えるとは。どのような方の御馬でしょうか。余りに尊く思われますが」と尋ねたところ、男は「府生殿*4の御馬でございます」と答えた。すると上人は「これは素晴らしい。阿字本不生*5という事ですね。仏道とのありがたい縁を結んでいるのですね」と言って、感動の涙をぬぐったという。