徒然草を読む25

Dark-eyed Junco

第三十段

 亡き人が残した形跡ほど、悲しいものはない。
 中陰*1に、山里などに移り、不便で狭い所に集った多くの人々と、追善の仏事を行うと、せかされるような思いがする。月日はどんな場合にも勝り、速く過ぎて行くように感じる。四十九日目には、何とも薄情に、互いに言葉を交わすこともなく、それぞれがさっさと己の荷物を整理して、散り散りに去って行く。身内を亡くした者は元の住居に帰ったら帰ったで、更に悲しむべきことが多い。「しかじかのことは、もってのほかだ。後のために忌むべきである」などと言われると、このような時に何でそんなことを言うのかと、人の心の情けのなさが思われてならない。
 年月が経っても、故人を忘れることなど少しもないが、去る者は日々に疎しと言われるように、そうは言っても、亡くなった当時ほどには思えないのであろうか、たわいもないことを言って、笑い合うようなこともある。亡骸は人気のない山の中に埋葬して、参ることになっている日にだけ足を運ぶ。いつの間にか卒塔婆も苔むし、墓には木の葉が降り積もり、話しかける相手は夕方の嵐、夜の月だけになっている。
 思い出して偲んでくれる人があるうちはいいが、そのような人も程なく死んでしまう。話で伝え聞くだけの子孫は、会ったことのない故人に心を傾けはしないだろう。そのうち、故人の形跡を訪ねる仏事も絶えてしまい、どこの人か名さえも知られぬようになり、毎年姿を見せるのは春の若草だけ、情を解す人ならこれを哀れと見るに違いない。ついには、嵐にむせぶ松も千年を待たずに薪にされ、古い墓は掘り返されて田となる。その人が残した形跡までが消えてしまうとは、誠に悲しいことだ。

*1:死後から四十九日までの間