徒然草を読む9

第十一段

 神無月*1のころ、栗栖野*2という所を通って、ある山里に尋ね入った事があったのだが、遥かに続く苔の生えた細い道を踏み分けた所に、ひっそりと暮している様子の庵があった。木の葉に埋もれた懸樋*3の雫以外には、音を成すものもない。閼伽棚*4に菊・紅葉などが折り散らしてあったのは、さすがに、住む人があるからであろう。
 このような有様でも、人は暮していけるものなのだなあと感慨にふけっていると、向こうの庭に、大きな蜜柑の木があるのが目に付いた。枝には実がたわわになっている。その周りを厳重に囲っているのを見て、いささか気持ちが冷めた。この木がなかったならばよいのにと感じたものである。

*1:陰暦十月

*2:くるすの:現在の京都市山科区山科の一部地域

*3:かけひ:水を導くため地上に懸け渡した樋

*4:あかだな:仏前に供える浄水の器を置く棚で、すのこ(雨露がたまらないように竹や板で間を透かすようにして作った濡れ縁)のそばに設けられた