「アラスカ物語」

アラスカ物語 (新潮文庫)
 「アラスカ物語」を読むのは二度目だが、二十歳になる前に日本を出て以来、最後までエスキモーとしてアラスカで過ごしたフランク安田の人生に、数年前とは違った思いを抱いた。初めて親しみを覚えたのである。
 海岸地域から内陸へのエスキモーの移動が成功した翌年の冬、物語の中では、思い出したように深い郷愁にとらわれるフランク安田の姿が描かれている。本当のところはフランク安田本人にしかわからないが、それでもやはりそういうことはあっただろう。しかし結局、フランク安田は日本に戻らなかった。

だが、今度のように深い郷愁に襲われたことはなかった。それは、とめどなく涙が溢れ出て来るほどの郷愁だった。彼は夜の暗さでそれを隠した。ネビロに気付かれてはならないと思った。
 郷愁が運命を変えるようなことがあってはならないと思いつづけていた。


――引用は、新田次郎アラスカ物語 (新潮文庫)」より

 時に、どうしようもなく日本に帰りたいと思うことが私にはある。だが、ひとたび自然に目を向ければ、やはり今日も木の葉は太陽の光の中で踊り、風は子供の頃からよく知っている香りを運んで来る。そこにはすべてがあるように思う。故国のことなど些細な事だと、つくづく思う時だ。
 異国で生涯を閉じるという選択肢は以前の私にはなかった。だが今は、それほど大きな問題ではないような気さえしている。