徒然草を読む172

第二百十九段

 四条中納言*1が、「竜秋*2は、笙に関しては、特別な者である。先日訪ねて来た際、『短慮の至りであり、口にまかせて言う事この上ないのだが、横笛*3の五の穴は、いささか疑わしい所があるのではと、密かに考えている。というのも、干の穴は平調*4、五の穴は下無調*5であり、その間に勝絶調*6を置いている。上の穴は双調*7、次に、鳧鐘調*8を置いて、夕の穴は黄鐘調*9である。その次に鸞鏡調*10を置いて、中の穴は盤渉調*11、中と六との間に神仙調*12がある。このように、穴と穴との間ごとに皆一律*13を潜ませているのに、五の穴だけ、上の穴との間に一律を持たず、しかも、穴と穴との間隔は等しいため、その音は快いものではない。そうであるので、この穴を吹く時は、必ず口を少し離して吹く。十分に離さない時は、楽器に合わない。吹きこなす人はなかなかいない』と言っていた。実に考え深い話で、興味を覚えた。先達は後生の将来への成長を畏敬する*14というが、まさにこの事である」とおっしゃっていた。
 後日、この話を聞いた笛の名手である景茂*15は、「笙は調律を完全に整えて、手に持つものであるから、あとはただ吹くだけである。笛は吹きながら、息の出し方によって、調律を整えていくものであるから、穴ごとに、口伝の教えがあり、そこに更に性骨を加え、心を入れて吹くのであり、これは五の穴だけに限った事ではない。竜秋の言うように、偏に、口を少し離して吹くばかりとも決められない。吹き方が悪ければ、どの穴も快い音を出さない。名手はどの穴でも、吹いてその調子を合わせられる。音の調子が楽器に合わない時は、吹き手の咎である。楽器の過ちではない」と言っていた。

*1:藤原隆資(たかすけ)

*2:たつあき:豊原竜秋、豊原家は笙を専門とし、竜秋は隆資の師でもあった

*3:吹口の他に、六・中・夕(さく)・上・五・干(かん)・次の順で七つの指穴がある

*4:ひょうじょう

*5:しもむじょう

*6:しょうぜつじょう

*7:そうじょう

*8:ふしょうじょう

*9:おうじきじょう

*10:らんきょうじょう

*11:ばんしきじょう

*12:しんせんじょう

*13:中国・日本の音楽で音程を示す単位が「律」で、洋楽の半音に当たる

*14:「後生畏るべし。いずくんぞ、来者の今に如かざるを知らんや」論語

*15:かげもち:大神(おおみわ)景茂る