徒然草を読む115

第百四十一段

 悲田院*1の尭蓮*2上人は、俗姓は三浦*3の某とかいい、並ぶ者のない武者であった。故郷である相模国三浦郡から来た人と、語り合った際のこと、「関東人が、一度言った事は信頼できるが、都人は、承諾の返事だけがよくて、真実がない」との言葉に、上人は自身の考えをこう述べた。「あなたはそう思われるかもしれませんが、私は都に長い間住んで、よく知っておりますので、都の人の心が劣っているとは思いません。おしなべて、心が柔らかで、情けが深い故に、人に言われた事に対して、きっぱりと否と言うのが難しく、すべてをはっきりとは言わずに、心弱くも承諾してしまうのです。嘘をつこうとしている訳ではないのですが、貧しく、思い通りの生活を送るのが難しい人ばかりなので、自然と本意が通らない事も多いのでしょう。関東人は、私の属する方ですが、本当に人情味がなく、偏に剛直な気質ですから、始めから否と言って断ってしまいます。栄えて、豊かであると、人に頼みにされることも多いでしょうから」実はこの上人、発音になまりがあって、声も荒々しく、仏典の細かな教理をよく理解していないのではと思っていたのだが、この一言の後、心が動き、多くの僧の中で寺の住持をしているのは、このようにしなやかな所があって、その益もあるのだろうと思ったものだ。

*1:ひでんいん:孤児・貧窮者などを養育・治療する施設の寺院

*2:ぎょうれん

*3:相模国三浦郡に居した平氏の一族