徒然草を読む103

百二十八段

 雅房*1大納言は、学識に優れた立派な人であったので、近衛府の大将も兼官させようかと亀山法皇*2が考えられていた頃の事である。法皇のお側に仕える人が、「たった今、嘆かわしい事を見てしまいました」と言うので、「何事だ」と法皇が尋ねられたところ、「雅房卿が、鷹狩の鷹に餌を与えようとして、生きている犬の足を切り落としたのを、隣家との間の垣根の隙間から見てしまいました」と言った。恐ろしい事だとこれを憎まれた法皇は、もはや雅房卿をそれまでのように信用する事はなく、昇任させる事もなかった。あれほどの人が、鷹を飼われていたというのは意外であるが、犬の足については証拠のない事である。空言により昇任できなかったのは気の毒であるが、このような事を耳にされた法皇が雅房卿を憎まれたとは、その御心は実に尊いものであった。
 そもそも、命あるものを殺し、傷め、闘わせて、楽しもうとする人は、互いに傷つけ合っている畜生と同じである。すべての鳥、獣、小さな虫においてまでも、心を留めてその様子を見てみると、子を思い、親を慕い、夫婦で連れ添い、ねたみ、怒り、欲は多く、自身を愛し、命を惜しむというのは、偏に愚かであるため一切の道理を解せぬ故で、その度合いは人間よりもずっと甚だしい。彼らに苦しみを与え、命を奪おうとする事が、どうして痛ましくないはずがあろうか。
 一切の心あるものを見て、慈悲の心が持てないものは、人間ですらない。

*1:まさふさ:土御門(つちみかど)雅房

*2:第90代天皇