徒然草を読む87

第百六段

 高野山・金剛峰寺の証空*1上人は、京へ向かっている途中、細道で馬に乗った女と行き合った。この時、女の馬の口取りの男が、馬をまずく引いたため、上人の乗っていた馬は堀へ落とされてしまった。
 上人はひどく腹を立てて、「これはとんでもない乱暴な振る舞いだ。仏弟子の四部衆ではな、比丘*2より比丘尼*3が劣り、比丘尼より優婆塞*4が劣り、優婆塞より優婆夷*5が劣っているのだ。そのような優婆夷などの身でありながら、比丘を堀へ蹴り入れるとは、未曾有の悪行である」と非難した。だが、馬の口取りの男が、「何とおっしゃっているのでしょうか、少しも分かりません」と言うので、上人はますますいきり立って、「何を言うか、仏道修行もせず、学問もしない男が」と声を荒げて言った後、この上ない放言をしてしまったというような表情をして、馬を引き戻して逃げるように去っていった。
 尊い言い合いであったに違いない。

*1:しょうくう

*2:びく:出家して具足戒を受けた男の僧

*3:出家して具足戒を受けた女の僧

*4:うばそく:五戒を受けて仏門に帰した在俗の男

*5:うばい:五戒を受けて仏門に帰した在俗の女