徒然草を読む68

第八十三段

 竹林院の入道・左大臣殿*1は、太政大臣に上がられるのに、何の支障もないはずであったが、「心が引かれない。左大臣で終わりにしよう」と、出家された。この事に感心された洞院の左大臣殿*2も、太政大臣へ望みを持たれる事はなかった。
 「亢竜、悔有り*3」などとも言われるように、月は満ちれば欠けるしかなく、物事も盛りを迎えて後は衰えるしかない。万事において、先が行き詰っているのは、破綻が近いというのが道理なのである。

第八十四段

 法顕*4三蔵*5は天竺*6に渡ってから、故国の扇を見る度に悲しみ、病に伏せば故国の食事を求めたというのを聞いて、「それほどの人が、ひどく心の弱いところを他国の人に見せたものだなあ」とある人が言ったところ、弘融僧都は、「心が優しく、情に細やかな三蔵ではないか」と言ったという。実に僧らしくなく、奥ゆかしい心の持ちようである。

*1:西園寺公衡(きんひら)

*2:藤原実泰(さねやす)

*3:かくりょう、くいあり:「昇りつめた竜は下に降りるしかなく、そこに悔いが生ずる」(易経による)

*4:ほっけん:東晋時代の高僧で、60歳を過ぎてからインドに渡り、13年目に帰国、旅行記「高僧法顕伝(仏国記)」を著した他、多くの経・律を翻訳した

*5:仏教の聖典に通じ、翻訳を行った高僧への敬称

*6:インドの古称