徒然草を読む33

第四十二段

 唐橋の中将*1という人の子に、行雅*2僧都といって、教相*3の師をする僧がいた。のぼせる病になり、年が盛りを過ぎるにつれ、鼻の中がふさがって、息もし難くなったので、様々な治療をしたが、病はひどくなる一方で、目・眉・額なども腫れ上がって、顔を覆ったため、物も見えず、まるで二の舞*4の腫面のように見えるのが、ただ恐ろしかった。そのうち鬼の顔になり、目は頭の頂の方につき、額の辺りが鼻になるなどして、その後は、僧坊の人にも会わずにこもって、年が経ち、更に病が進み、死んだのだった。
 このような病もあるのだ。

*1:源雅清

*2:ぎょうが

*3:きょうそう:真言密教で、教義を理論的に研究する方面

*4:舞楽の「案摩(あま)」の答舞で、咲面(えみめん)の老爺と腫面(はれめん)の老婆が「案摩」をまねて滑稽に舞う