徒然草を読む8

第十段

 住居とは相応しく、好ましいというのが、この世の仮の宿とはいえ、嬉しいものである。
 立派な人が、のどかに暮している所は、射し入る月の光もひと際しみじみとして見える事だろう。今風で、きらびやかではなくとも、木立が古びていて、自然と庭の草も趣を解する様子で、すのこ*1・透垣*2の続き具合にも風情があり、内にある道具類も古風で落ち着いているというのが、奥ゆかしいと思われる。
 多くの匠が心を尽くして磨き立てた、唐の、大和の、珍しく、並々ではない道具類を並べ立て、庭の草木まで思い通りに作り上げた住居というのは、見た目にも悪く、実につまらない。そのままでいつまでも住む事ができるはずがあろうか。その上、一見しただけでも、束の間の煙となるであろうにと、思わずにはいられない。大体、住居によってこそ、そこの主人の心の程が推し量られるというものだ。
 後の徳大寺大臣*3が、寝殿に、鳶を入れまいとして縄を張ったのを、西行が見て、「鳶が入ったところで、何の差支えがあるというのか。この殿の心とはその程度のものであったか」と言って、その後は訪問しなくなったと伝え聞くが、綾小路宮*4が、いらっしゃる小坂殿*5の棟に、いつだったか縄を引かれた事があり、あの前例が思い出されたが、「実に、烏の群れが訪れて池の蛙を取ったので、それをご覧になり、かわいそうだと思われたのです」と人が語っていたのを聞いて、何とも素晴らしい事だと思ったものだ。徳大寺にも、何らかの理由があったのかもしれない。

*1:雨露がたまらないように竹や板で間を透かすようにして作った濡れ縁

*2:すいがい:角材で間を透かすようにして作った垣

*3:藤原実定の事

*4:あやのこうじのみや:第90代天皇亀山天皇の第十二皇子である性恵親王

*5:こさかどの:比叡山延暦寺の一院である妙法院内の院の一つ