不思議な少年

 マーク・トウェインの死後、遺された多くの原稿の中に、サタンという不思議な力を持つ少年が登場する三つの未完成の原稿があった。これらをもとに編集されたのが「The Mysterious Stranger, A Romance」で、1916年に初版が発行された。
 この方法については賛否両論あるようだが、随所にはめ込まれた氏の意思を知るに当たっては、大きな問題ではないような気もする。
 晩年、ペシミズム(厭世主義)へ大きく傾いたと言われる氏、それでも完全に人間をあきらめることはできず、何とか望みを見出そうとしていたのではないだろうか。徹底的に人間を否定する言葉が並べ立てられていても、私は絶望を感じたりはしなかったのだ。


「人間というものは、声の大きなひと握りの人間について行くものだ」というサタンの言葉が胸に響いた。時には耳をふさぐことも、私のような未熟な人間には必要なのかもしれない。

ぼくは人間ってものをよく知ってる。羊と同じなんだ。いつも少数者に支配される。多数に支配されるなんてことは、まずない、いや、絶対にないと言ったほうがいいかもしれんな。感情も信念も抑えて、とにかくいちばん声の大きなひと握りの人間について行く。声の大きな、そのひと握りの人間というのが、正しいこともあれば、まちがっていることもある。だが、そんなことはどうだっていいんで、とにかく大衆はそれについて行くのだ。もともと大多数の人間ってものはね、未開人にしろ文明人にしろ、腹の底は案外やさしいものなんで、人を苦しめるなんて、ほとんどできやしないんだよ。だが、それがだよ、攻撃的で、まったく情け知らずの少数者の前に出ると、そういう自分を出しきる勇気がないんだな。考えてもごらんよ。もともとは温かい心の持主の人間同士がね、お互いにスパイし合っては、心にもないひどい悪事に、いわば忠義立てして手をかしてしまうんだな。わざわざ心がけてだよ。――(以下、略)

――引用は、マーク・トウェイン不思議な少年 (岩波文庫)」より