渡り蟹

木

 ワタリガニが旬だ。店先で、おなかに橙色の卵を抱いたメスを見ていたら、どうしても食べたくなって買って帰った。その日の夕飯時、味噌汁にした。身は思っていたより柔らかく、きめが細かい。上等な白身魚のような食感だ。その中に予想以上のうまみがあった。夫と二人、三杯づつたいらげた。
 就寝前、少し腹がもたれるように感じたが、さして気に留めずに寝た。夜半過ぎ、手足のかゆみで目が覚めた。カニだな、と思った。小学生のころに一度、カニを食べて蕁麻疹が出たことがあった。それでも眠かったので、適当に身体をかきながら寝ようとした。が、かゆみはどんどん増してくる。全身くまなく、皮膚の下から刺激されているようなかゆみだ。我慢できなくなり起きた。
 寝ているうちにも随分かいてしまったようで、足や手の柔らかい部分にはじゃがいもの表面のようなひどい蕁麻疹が広がっている。起きればかゆみも和らぐかと思ったが、そうでもない。かいてしまったことを後悔したがどうしようもないので、虫刺され用の薬を塗った。薬をぬった個所がヒリッとする。少しはましになった。
 どうにも眠いので、また布団に入った。そのうち今度は下腹が痛み出した。エビのように丸まって耐える。かゆみを感じなくなるほどの痛みだ。吐き気をもよおしてきたので、仕方なく起き上がり洗面所へ向かった。全身から冷たい汗が吹き出てくる。洗面所までのほんの少しの距離を歩くのがつらくて途中、廊下にへたり込んだ。
 吐いたほうが少しは楽になったかもしれないが結局、吐くことはできなかった。なだれ込むように布団に戻り、眠るよう努力した。次に目が覚めたときには蕁麻疹が引いて、身体が楽になっていることを願った。
 かゆさで目が覚める。起き上がって枕元の薬を塗る。また横になる。数回、こんなことを繰り返しているうちに朝になった。
 外が明るくなるころには、蕁麻疹はかなり収まってきていた。が、汗を大量にかいたこともあり、体力を消耗していた。夫が持ってきてくれた冷たい水をのんだとき、文字通り、生き返るような気がした。とてもおいしかったのだ。その後、ようやくぐっすり眠ることができた。
 昼過ぎに目が覚めた。蕁麻疹は跡形も無かったが、顔が火照って頭痛もするので、頭痛薬をのんでまた眠った。次に起きたときには頭痛も治り、ずいぶん体力が戻っていた。薬と汗で体中がべたつくので、簡単に風呂に入る。これでいよいよ、元気になった。
 腹が空いたので、おかゆを作って食べた。こういうときの米はありがたい。パンなどとても食べる気にはなれないからだ。おかゆは、しみじみおいしかった。
 夜には、すっかり快復した。それでも食欲はあまりなかったので、おにぎりを握って食べた。やはりおいしかった。

 カニはもう食べるまい。