雨蛙

Canada Geese

お盆は過ぎていたが、まだまだ日中は暑かった。それでも朝晩には秋の訪れが感じられるようになってきた頃だったと思う。私一人だけで数日、夫の里へ帰ったことがあった。夫はたまにある長い出張だった。
ちょうどいい機会だったので、一人で暮らす母が普段はできない場所の片付けや掃除を二人でせっせと行っていた時のこと。
玄関の白壁を見上げて母が何やら考えているようだったので、そばに行った。聞けば、夜な夜な、玄関の明かりに集まる虫を求めて、雨蛙が白壁を登る。そのせいで、白壁が汚れてしまうのだという。
言われて見てみると、玄関の白壁の両脇、窪んだところが、そこだけ泥を薄く塗りつけたように黒くなっていた。壁の一番上の窪みに陣を構える雨蛙はそこで虫を待ちながら何度も足場を整えるに違いない。
「壁を登るのは構わないのだけど……足の裏さえ洗ってからにしてくれれば」と、母がつぶやいた。と、言った本人も聞いた私も、思わずその情景――足の裏を丹念に洗っている雨蛙――を想像してしまったのだろう。どちらからともなく笑い合った。
夏の夜を思う時、ひんやりとした白壁の感覚と共に、その窪みにうずくまる雨蛙のいる風景が思い出されることがある。