海からの贈物

 朝、眠りから覚めたばかりの頭の中は、まだ何も書かれていない白い紙のようだ。
 だが私のように小心な人間は、一日が動き始めると「しなければならない」ことに、あっという間にとわられてしまう。そこへ「こうありたい」という思いも加わって、夜、床に就く頃には、頭の中はつまらないことでいっぱいになっている。白かった紙も、たくさんの文字に埋め尽くされて真っ黒だ。
 今朝、鳥の声で目を覚ますと、外はまだ暗かった。夫はまだ眠っている。静かに寝床から抜け出した。「しなければならない」ことがあるわけではない時間、居間の灯りをつけて、目についた読みかけの本、「海からの贈物 (新潮文庫)」を手に取った。
 昨夜、読み始めた本である。が、何だか昨夜とは違った。頭の中に余計なものがまだ何もないせいか、文字を追うごとに著者の心情がどんどん染み入ってくる。そのうち著者と自分とが重なってしまい、そちら側から「私」を眺め、その時になって初めて自分自身の単純な考えを知らされる、そんなことも起きていた。
 そもそも本のようなものは、それを通して己を知るもので、十人がいたら十通りの読み方をするものなのだろうが、自分というものが消えている時に知らされるものの凄まじさを、垣間見たような気がしたのである。普段は自分という殻によって、意識せずとも遠ざけてしまっているものが余りに多いに違いない。
 自然の中に身を置いていると、時に、自分自身が消えているような感じに包まれ、とてつもない安堵を得ることがある。
 早朝に一人で過ごす時間は、私にとってそれに近いものがあるようだ。そう思いながら窓の外を見ると、空はうっすらと明るくなっていた。