初めての机

Trillium

 姉と私は学年にして三年違い、姉が小学校に入学する年の春、家に子供用の机が一つ届いた。父のこだわりだったのだろう、その頃主流になりつつあった様々な機能がついた「学習机」ではなく、しっかりとした木で作られたシンプルな机だった。前面に一つだけ浅い引き出しがある。やはり木で作られた椅子は、座る部分が赤い布で覆われていた。
 机は姉と私が布団を並べて寝ていた部屋に置かれた。私はその机がうらやましくて仕方がなかった。でも姉のものである。そこで、時々こんなことをしていた。
 朝、まだ暗いうちに布団から抜け出すと、前の晩に枕元に用意してあった服を着る。ブラウスの前のボタンは何とか留めることができたが、袖口はまだ難しい。だから袖口をぱたぱたさせたまま、こっそり姉の机に座る。そうして姉の机で昨晩の絵の続きを描いたり、幼稚園で習った折り紙や工作をしたりした。姉が起きる前にはすっかり片付けて、気づかれないようにしているつもりだったが、幼い子供のすることなので親は気づいていたようだ。
 母には「小学校に行くようになったら買ってあげるから、何でも欲しがらないの」と諭されたが、見かねた父は私のために、みかんの段ボール箱で机を作ってくれた。こぎれいな段ボール箱を裏にして置いただけのものである。
 この机は姉の机の隣に並べられた。これが私の初めての机だ。自分だけの場所ができたことが嬉しくて、私は何をするにもその机を使った。椅子などないから正座して机に向かう。表面がでこぼこしているが問題ではない。そのうち父が日記帳の裏表紙にひらがなの五十音を書いてくれた。書き順はめちゃくちゃで、鏡に映したようにまったく逆になってしまう字もあったが、毎日、机の上で書く練習をしたのをよく覚えている。
 私はこれまでに数台の机を渡り歩いてきたが、どんなに希望通りの机であろうと、あの時ほど嬉しい気持ちになったことはない。初めての机は、たとえそれがダンボール箱でも、特別なものなのだろう。
 佐藤さとるも、著書*1の中で、小学校にあがる少し前に初めて机をもらい、「『自分一人の場所』ができたような気がして、たいへん嬉しかった」と書いている。子供の頃、繰り返し読んだ氏の「ぼくのつくえはぼくのくに (新しい日本の幼年童話 3)」が思い出された。



*画像の花は、Trillium(エンレイソウ)の種類のようです