自然界への扉

Red-shouldered Hawk

 その日の朝、私は湿原の奥にある林の中でしばらく過ごした後、もと来た木道へ戻った。いつものくせで足音をたてないように歩く。辺りは高い木々ばかりだが、どの木ももうほとんど葉がないため、視界は開けていた。空がとてつもなく青い。
 歩きながら耳を澄ますが、小鳥の声は聴こえなかった。目の端で動くものがあっても、風にあおられて枝から離れた葉っぱばかりだ。次のカーブを過ぎると川沿いの大きな道へ出る。もうすぐ木道も終わりだ。今朝はとびきり冷え込んでいるため、この国立公園に訪れている人も少ない。いつもならそろそろ聞こえてくるはずの話し声も、聞こえなかった。
 最後のカーブへ差しかかろうとした時、ふと生きものの気配を感じて私は顔を上げた。そこに、太陽の光を背負った Hawk(タカ)の黒い影があった。
 木道のすぐ脇、ほんの三メートルほどの高さの枝に、こちらに背を向けてじっと留まっている。妙に丸く見えるのは寒さに羽を膨らませているからだろう。私はそっと後ろを通り抜け、太陽の光を背にして木道の端に腰を下ろした。
 何度かカメラのシャッターを切る。肩から胸にかけて明るい茶色をしている。Red-shouldered Hawk(カタアカノスリ)のようだ。腰の辺りには、一枚一枚がはっきりわかるような大きくて立派な羽が見える。湾曲したくちばしの先は恐ろしく鋭い。すべてを見据えているような目は、私を背中越しににらんでいるようにも見えた。
 私は片時もノスリから目を離さなかった。目のいいノスリが私に気付いていないことはないだろう。それなのに逃げないのはなぜか。野生の大きな生きものとこれだけの至近距離で二人きりになる、初めてのことだった。緊張感と同時に、ノスリに対して不思議と親しみも覚えた。何とも言えない感覚だった。
 時間が過ぎた。ノスリは時々、ほんのわずかに首を動かすことはあったが、飛び立つそぶりは見せなかった。しかし私の方が緊張感に負けた。ちょっと目を離した途端、ノスリはこちらを振り返って身を低くしたかと思うと、瞬く間に飛び立った。羽を広げたまま私の頭上をさあっと越え、そのまま林の奥に消えた。


 あの時の感覚は何だったのだろう。野生のノスリと一対一で過ごした時間を思い出すと、胸がドキドキし、体が熱くなってくる。まったく関わりのない生活を送ってきた野生のタカやワシと私が、間近で出会う可能性は、確かに低い。だが、それだけでは済まされない思いがする。私は知らない間に自然界への扉をくぐって、あのノスリの日常の中にすっぽりと入り込んでしまっていたのではないか、そんな気がしている。そう感じるほど、あの時間は私の日常から、かけ離れていた。だがあの時、あの場所に別の人間がいたら、または小鳥のさえずりがあちこちから聞こえていたら、こんな感覚を知ることはきっとなかっただろう。
 忘れられない経験になりそうだ。こんな感覚を知ってしまったら、ますます自然から離れられなくなるに違いない。私のような人はやはりいるだろう。